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2016年2月22日 14:56 投稿者 : 理事 コメント 2件
俺の演劇ってなんなのか。
時たま考えます。
ちょっと時間が空いたのと、
日本演劇連盟で何をするかを考える為に、
そういったアレやコレやを書き留めていこうと思います。
俺の書く芝居は、
「演劇だ」と自信を持って言うのは、
ちょっと躊躇われる芝居だと思います。
実際、
今月初めに公演したO.B.B.9thを見た知り合いの舞台監督さんに、
「あれは演劇ではない。」と言われました。
そもそも、
「話はいいからネタをかけ。」と言われて書き始めた脚本なので、
演劇っぽくは無い脚本ではあるんですが。
個人的に俺の芝居は、
初心者は「演劇も面白いな。」と思い、
中級者は「これは演劇ではない。」と思い、
上級者は「これも演劇の一部。」と思われるといいなと思っています。
俺はまだ中級者なので、
「これは演劇ではない。」と思っていますし。
こういう事を言うと、
「コントを書けばいいじゃん。」という意見をいただきますが、
俺はその意見には否定的なのです。
俺はコントは書けないと思っています。
演劇とコントは違うのです。
そんな話はまた次回。
コメント
うーん。私が嫌だったのは「コントをやりたいのに書けないからやらないけれど、演劇程度なら自分でもやれるわ」というその言いぐさが嫌だったのだけどね。
そのあたりは話したら誤解だったのが分かって解決はすでにしたと思ってた。ちゃんと芝居も好きな人だったんだなと今は思うよ。
今はわりとごく普通の芝居らしさ出てる気がするよ。前に進む力、強くなった気がするし。人が動く理由も分かりやすくなった。
反面もっとだから「らしさ」が無いと謳い文句に負けるよ、それこそただのどこでも観られる演劇になるよとは思ってます。
演劇は変な話、舞台の上で肉体表現以外の演技が加われば何でも演劇と言える気はする。
肉体表現のみだとダンスになってしまうかな。
台詞が無くても演劇にはなるし、「これが演劇だ」って難しいよね。
まあ自分らも崇高な舞台も芸術も作ってる気はさらさら無いけど。好きなものを諦めて代わりにする、という行為が酷く舞台が好きな人間らを馬鹿にしているように感じたのだよ。
あえて言うなら私は演劇には伝えるものが何かあって欲しい。
匿名さん>俺は「コントはもうやりたくない」んだよね。「コント的ななにか」を作るのは非常に楽しいんだけど、「コントです。」って言うのは作れない。演劇は俺が「完成だ。」と思った所がゴールなんだけど、コントは「ウケるようになったら」ゴールなんです。ウケなかったら嫌でも変えなきゃいけないんです。俺は作りたいものを作りたい。ゆえに俺は「コントは書けない」というワガママを言うのです。